歯周病・口腔粘膜|ラウリル硫酸ナトリウム(SLS)・トリクロサン・抗炎症作用
「歯磨き粉を変えたら口の中が荒れなくなった」。そう言う患者さんがいます。犯人として名前が挙がるのが、ほとんどの歯磨剤に入っている発泡剤・ラウリル硫酸ナトリウム(SLS)です。1994年、オスロ大学のBarkvollとRollaが、前腕の皮膚を使ってこの刺激を再現し、殺菌剤トリクロサンを足すと何が起きるかを確かめました。
①「歯磨き粉を変えたら、口が荒れなくなった」
患者さんからこう言われることがあります。あるいは、アフタが繰り返しできる患者さんに「発泡剤の入っていない歯磨剤に変えてみましょうか」と提案したことがあるかもしれません。
名指しされるのは、ラウリル硫酸ナトリウム(sodium lauryl sulphate=SLS)です。歯磨剤に最も広く使われている合成界面活性剤で、あの泡を作っている当人です。SLSが口腔粘膜の炎症と落屑を起こしうることは1970年代から繰り返し報告され、灼熱感(burning pain)を伴うという報告は1993年(Waaler ら)に出ています。
そこへ、別の話が重なります。1990年代、歯磨剤にトリクロサンという脂溶性の広域殺菌剤が配合されるようになりました。1993年、Waalerらが「洗口液にトリクロサンを足すと、SLSによる痛みが消えるか減る」と報告します。1.5%のSLS洗口液はほぼ全員に痛みを起こしたのに、0.3%あるいは0.15%のトリクロサンを足すとそれが消えるか軽くなった——ただしそのしくみは分かっていませんでした。
②なぜ「皮膚」で試したのか
調べたいのは口の中の話です。にもかかわらず著者らが前腕の皮膚を選んだ理由は、はっきり書かれています——皮膚のほうが、口腔粘膜より詳細な視診に適しているから。
SLSが皮膚に炎症を起こすことは既知でした。そのしくみとして有力なのが、角質層にある脂質の半透膜構造をSLSが壊すという説です。この膜は本来、水溶性物質を内側に留めておく役割を持ち、その物質が浸透圧で水を引き込んで天然保湿因子として働いています。膜が壊れる → 乾燥する → それが皮膚炎の下地になる、という筋書きです。
- 対象:健常成人10名(女性6・男性4、平均46歳)
- 方法:前腕内側の健常皮膚に、フィンチャンバー・パッチテストで6条件を同時に貼付。貼付時間は24時間
- 評価:パッチ除去10分後に Frosch & Kligman(1979)の基準で紅斑をグレード分け。その後、後処理を行いさらに4時間後に再評価
- 統計:ノンパラメトリックのWilcoxon符号付順位検定(有意水準 p=0.05)
6条件はこうです。①1%SLS単独(除去後に0.9%生理食塩水で5分間拭う=対照)/②1%SLS(除去後に0.3%トリクロサンで5分間拭う=後処理)/③0.3%トリクロサンで5分間拭ってから1%SLSを貼付(=前処理)/④1%SLSと0.3%トリクロサンの混合液/⑤0.3%トリクロサン単独/⑥蒸留水。
③結果——「混ぜておく」が最も効いた
- ①SLS単独:10分後 1.9 → 4時間後 1.5。10名全員に紅斑が出た
- ④SLSとトリクロサンの混合:10分後も4時間後も 0。誰にも皮膚炎が起きなかった
- ②後処理(曝露のあとに塗る):10分後は 1.9 と対照と変わらないが、4時間後は 0.6 まで下がった(対照の 1.5 と比べて p<0.05)
- ③前処理(先に塗ってからSLS):10分後 1.5・4時間後 1.2 とわずかに軽い程度で、有意差なし
- ⑤トリクロサン単独・⑥蒸留水:どちらも反応なし(トリクロサン自体は皮膚を荒らさない)
予備実験で、1%のTween 80(トリクロサンを溶かすための可溶化剤)単独ではSLSの症状に影響しなかったことも確認されています。効いていたのは溶媒ではなくトリクロサンだ、という担保です。
④なぜ効いたのか——著者らの仮説
著者らは断定せず、いくつかの可能性を並べています。
- 単量体の「尾」を掴んだ説:トリクロサンはほぼ水に溶けません。混合液のなかではSLSのミセル(臨界ミセル濃度0.2%)に取り込まれて溶けていたはずです。一方、皮膚に浸透して刺激を起こすのはミセルではなく、疎水性の「尾」をむき出しにした単量体のSLSだと考えられます。トリクロサンがその「尾」に結合して、皮膚への浸透そのものを妨げた可能性
- 膜を安定させた説:脂溶性のトリクロサンが(SLSとは無関係に)皮膚に浸透し、角質層の膜に溶け込んで細胞を安定させ、乾燥から守った可能性
- 抗炎症説:当時報告されたばかりの、トリクロサンがプロスタグランジンと相互作用して抗炎症作用を示すという知見(Colemanら 1993)
後処理が効いたという所見は、3番目の抗炎症説と読み合わせるのが自然です。SLSの浸透はもう済んでしまった後に塗って効いているのですから、「入るのを止めた」では説明がつかないのです。
⑤明日の臨床へ
- 「歯磨剤で口が荒れる」の原因候補として、SLSは今も筆頭。この研究は皮膚での話ですが、SLSが濃度1%で全員に反応を起こしたという事実は、粘膜を扱う私たちにとって十分に示唆的です
- 刺激は「成分ごと」ではなく「配合の組み合わせ」で決まりうる。同じSLS濃度でも、何が一緒に入っているかで結果が変わった——製品を選ぶときの見方が少し変わります
- 殺菌剤の効果を、すべて「菌が減ったから」と読まない。トリクロサン配合歯磨剤の抗歯肉炎効果は、抗菌作用だけでなく抗炎症作用でも一部説明できるかもしれない、というのが著者らの主張です。プラーク量が変わらないのに歯肉炎が減る、という報告を読むときの補助線になります
- アフタや粘膜の落屑を繰り返す患者さんには、SLS無配合の歯磨剤を試す価値がある。これは本論文の直接の結論ではありませんが、SLSの粘膜への影響を扱った一連の報告(Herlofson & Barkvoll 1993 ほか)と合わせれば、試して損のない一手です
今日のひとこと
SLSは10名全員の皮膚に紅斑を起こしたが、同じ液にトリクロサンを0.3%混ぜておくと紅斑はゼロだった。曝露のあとに塗っても、4時間後の紅斑は対照の1.5に対して0.6だった。トリクロサンには殺菌だけでなく炎症を抑える働きがありそうだ——というのが著者らの読みで、抗歯肉炎効果の一部はこれで説明できるかもしれない。


