カリオロジー|非う蝕性歯頸部病変・アブフラクション・生体腐食
楔状に欠けた歯頸部を見て、私たちは反射的に「アブフラクション」と口にします。ところがその言葉を1991年に作り、2004年に自ら定義を修正した本人が、2012年にこう書きました——すべての歯頸部病変をアブフラクションと呼ぶのは誤りである。アブフラクションは「応力集中部位で起きる歯質の微小破折」という機序の名前であって、病変の呼び名ではない。実際の病変は応力(stress)・摩擦(friction)・生体腐食(biocorrosion)の3つが絡み合った多因子性のものであり、しかもその配合は症例ごとに違うというのがこの総説の主張です。
①その言葉を作った人が、訂正している
楔状に欠けた歯頸部。私たちは反射的に「アブフラクションですね」と口にします。咬合力のせいだ、と。
ところが、その言葉を1991年に世に出し、2004年に自ら定義を修正した本人——John O. Grippo——が、2012年にこう書きました。アブフラクションという用語は「流行語(buzzword)」になってしまい、単一の原因を意味するものとして誤って使われている。
②3つの機序が、円のように重なる
応力(stress)=アブフラクション。内因性にはブラキシズム・クレンチング、早期接触や偏心位での負荷、嚥下。外因性には硬い食物の咀嚼、鉛筆やパイプの吸口や爪を噛む癖、歯で釘を保持する・管楽器を吹くといった職業要因。応力には静的なものと疲労(周期的)なものがあります。
摩擦(friction)=摩耗と咬耗。内因性の咬耗(ブラキシズム・嚥下)と、外因性の摩耗(粗い食物の咀嚼、過剰なブラッシング、フロスや爪楊枝の誤用、癖、職業、歯科装置)。舌の動きもここに入ります。なお歯科装置(矯正装置・義歯のクラスプやレスト)は、応力の側にも摩擦の側にも挙げられています——2つの経路で効くということです。
生体腐食(biocorrosion)。酸(内因性・外因性)・蛋白分解・電気化学的作用をひとまとめにした概念で、この論文の目玉です(③へ)。
ひとつ補足を。原著の模式図では、erosion(液体の流れ)は摩擦の円の中に置かれています。著者らにとってerosionは化学ではなく物理の機序だからです(③へ)。
そして著者らは強調します——これらの複雑な相互作用があるため、すべてのNCCLをひとつの機序だけで説明するのは一般に誤りである。診断や治療の前に、すべての病因と修飾因子を考えるべきだ、と。
③「erosion」ではなく「biocorrosion」を
もうひとつの提案が、用語そのものの見直しです。
原著はこう書きます——erosionは化学的な機序ではなく、液体の流れによる摩擦で摩滅を起こす物理的な機序である。それを酸による化学的溶解の意味で使うのは誤用であり、米国をはじめ多くの国で誤用が続いている、と。だからこそ原著の模式図では、erosion(液体の流れ)は摩擦の円の中に置かれています。
代わりに提案されるのが「biocorrosion(生体腐食)」。この語がカバーするのは次のとおりです。
- 内因性の酸:プラーク(う蝕)、歯肉溝滲出液、胃酸(GERD・過食症)
- 外因性の酸:酸性飲料・柑橘類とそのジュース、酸性の工業ガスへの職業曝露、環境要因
- 蛋白分解:酵素による溶解(う蝕)、ペプシン・トリプシンなどのプロテアーゼ、歯肉溝滲出液
- 電気化学的作用:象牙質への圧電効果(エナメル質には圧電性がありません)
つまり「酸で溶ける」だけでは足りない。蛋白を分解する働きも、電気化学的な働きも、同じ舞台の上にあるという整理です。
④同じ力がかかっても、病変になるとは限らない
3つの機序に加えて、著者らは修飾因子を挙げます。同じ負荷がかかっても、病変が出る人と出ない人がいる理由です。
- 唾液:緩衝能・組成・分泌量・pH・粘性
- 歯:組成・形態・微細構造・動揺度・再石灰化能・歯列弓の形
- 位置的な突出・欠如:唇頬側/舌側/咬合面
- 有害な癖
- 食事:組成・頻度・酸性飲料
- 全身の健康状態と医科的な問題
- 力のかかり方:大きさ・方向・頻度・部位・持続時間
論文が挙げる説明が印象的です。舌側には前庭部の5倍の唾液がある——だから舌側にはNCCLが少ない。対照的に、NCCLは緩衝作用に乏しい粘液性の唾液しかない唇頬側に最も多い。唾液という守り手が届くかどうかが、病変の場所を決めているという視点です。
そして最後の「力のかかり方」——大きさ・方向・頻度・部位・持続時間——は、応力の話を締める要になります。同じ咬合力でも、どこにどう、どれだけ長くかかるかで結果が変わる。
⑤明日の臨床へ
- 病名ではなく、病因を書くようにする。カルテに「アブフラクション」とだけ書くと、そこで思考が止まります。「クレンチング+酸性飲料+強圧ブラッシング」と書けば、次の一手が見えます
- 医科の病歴を必ず聞く。GERD・過食症・逆流を伴う疾患は、内因性の酸として直接この舞台に上がります(原著も修飾因子に「全身の健康状態と医科的な問題」を挙げています)
- ブラッシング圧と歯磨剤だけを疑わない。摩擦は3つのうちの1つにすぎません
- 修飾因子には手を入れられる。唾液の量と緩衝能、フッ化物による再石灰化能。原因そのものを消せなくても、病変が出るかどうかは変えられる可能性があります
- 修復して終わりにしない。原因が残っていれば、修復物の辺縁でまた同じことが起きます
⑥ここだけ、冷静に補助線
とはいえ、「その用語を作った本人が、20年後に使われ方を訂正した」という一本は、それだけで読む価値があります。楔状の欠損を見たときに「原因はひとつではない」と立ち止まれるようになる——それがこの総説の一番の贈り物だと思います。
今日のひとこと
歯頸部の病変を、ひとつの機序の名前で呼んではいけない。この総説は、非う蝕性歯頸部病変を生む機序を応力(=アブフラクション)・摩擦・生体腐食の3つに整理し、多くの病変はその重なりの中で生まれるとする。だから「アブフラクション」という機序名を病変すべてに当てるのは誤りだと、その語をつくった著者自身が書いている。もうひとつが用語の置き換えの提案で、erosionは化学ではなく「液体の流れによる摩擦で起こる物理的な機序」だから、酸・蛋白分解・電気化学的作用まで含む「biocorrosion(生体腐食)」を使うべきだという。ただしこれは総説であり、NCCLの成因については相反する見解が並び立ったままである(著者らは応力の関与を支持する立場)。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


