外科|局所麻酔・アルチカイン vs リドカイン・術後疼痛
アルチカインは効きが速く、組織への浸透が良い——歯科で日常的に使いながら、リドカインとの違いを数字で見た経験は意外と少ないのではないでしょうか。同じ2%濃度・同じアドレナリン量に揃えたうえでランダム化し、70人で比べた研究があります。術後2・6・8・12・24時間のVASがアルチカインで有意に低く、24時間鎮痛薬を使わずに済んだ人は58.5%対41.5%。ただし——大事な但し書きがあります。この研究の術式は歯科ではなく、鼻中隔矯正術(septoplasty)です。
①まず、この論文の立ち位置をはっきりさせておく
この研究の舞台は歯科ではありません。トルコの耳鼻咽喉科で行われた鼻中隔矯正術の局所麻酔として、アルチカインとリドカインを比べた研究です。
それでも歯科医師・歯科衛生士が読む値打ちがあるのは、日々使っている2剤を、濃度も血管収縮薬の量も揃えて正面から比較した数字が手に入るから。逆に言えば、この数字を歯科の麻酔効果としてそのまま語ることはできません。原著自身も「アルチカインは最も広く用いられている局所麻酔薬のひとつで、とくに歯科で使われる」と書いており、そのうえで歯科での知見は別に検討しています(後述)。
原著の問題意識はこうでした——鼻中隔矯正術で異なる局所麻酔薬を、疼痛の軽減・有効性・合併症の観点から比べた研究は、これまでごく少数しかない。
②濃度もアドレナリン量も揃えて比べた
70人をランダムに2群へ割り付け、35人にアルチカイン2%(ウルトラカイン2%)、35人にリドカイン2%(ジェトカイン2%)を投与しました。鼻中隔の粘膜軟骨膜下・骨膜下層に、複数箇所から両側に浸潤させています。
手術前・手術中とも減鬱血薬は使わず、浸潤5分後に手術を開始。術後は全例に同じメロセルタンポンを使い、周術期の鎮痛薬も使いませんでした。痛みは10cmの視覚的アナログスケール(VAS)で、術後1・2・4・6・8・12・18・24時間の8時点で記録。痛みが強いときにはパラセタモールを渡し、処方する側は薬剤の割り付けを知らない状態で総使用量を記録しています。
ひとつ押さえておくべき条件があります。全例に術後7日間、アモキシシリン・クラブラン酸が投与されています。後で出てくる感染関連の話は、この背景のうえでの観察です。
③結果:8時点のうち5時点で有意差
術後2・6・8・12・24時間でアルチカイン群のVASが有意に低い結果でした(p<0.05)。残る1・4・18時間も数値は低かったものの、有意差には届いていません(それぞれp=0.062、p=0.076、p=0.060)——惜しいところで届かなかった、という正直な数字です。
いちばん差が開いたのは術後8時間で、4.60対3.09。24時間後でも3.63対2.77と、差は最後まで残りました。なおアルチカイン群では群内の経時変化として、術後1時間の時点からVASの有意な低下が認められています(群間差ではなく、その群の中での時間経過の話です)。
鎮痛薬の使用では、24時間まったく使わずに済んだ人がアルチカイン群で58.5%、リドカイン群で41.5%と報告されています。1錠を服用したのはリドカイン群17人(48.5%)に対しアルチカイン群10人(28.5%)、2錠を要したのは各群1人ずつでした。ただし鎮痛薬の使用量そのものの差は有意ではありません(p=0.222)。
各群35人のうち、1錠が17人・2錠が1人(リドカイン)/1錠が10人・2錠が1人(アルチカイン)なら、無投薬はリドカイン17人=48.6%、アルチカイン24人=68.6%になります。原著が示す58.5%/41.5%とは合いません。ここでは原著の記載どおりの数字を引いていますが、内訳と割合が噛み合っていない点は、読む側で頭の隅に置いておくのが誠実だと考えます。
合併症については、リドカイン群で2人が術後7日目に後鼻漏性の膿性分泌を生じた一方、アルチカイン群では心血管系・神経系その他の合併症が観察されず、全例が術後30日の経過観察で無症状でした。もっとも原著は「両群は年齢と術後合併症の頻度において差がなかった(p>0.05)」と明記しています。件数の印象だけで差を読まないほうがよい部分です。
④なぜアルチカインのほうが良かったのか
ここは原著が引用している他研究の主張と、この研究が実際に測ったことを分けて読む必要があります。この試験が測ったのはVASと鎮痛薬使用量、そして術後合併症で、以下に挙げる薬理学的な性質そのものは測っていません。
ひとつは組織移行性の高さ(引用文献)。浸透が良いためヒアルロニダーゼを併用する必要がなく、コストとアレルギーのリスクを減らせる、と述べられています。
ふたつめが抗菌性(引用文献)。アルチカインはリドカインより静菌作用が良好で、他の4剤と比べたときにMIC・最小殺菌濃度の両面で最も顕著な抗菌活性を示した、という報告が引かれています。著者らはリドカイン群だけに膿性分泌が出たことをこの性質と結びつけていますが、合併症頻度に有意差はなく、しかも全例が7日間の抗菌薬下にあったことを踏まえると、この解釈は控えめに読むべきでしょう。
みっつめが作用発現の速さ。原著は考察の地の文で、アルチカインを「安全で作用発現が速く、全身毒性が低い有効な麻酔薬」と位置づけています(ここは引用ではなく著者らの記述です)。
実務的な指摘もあります——術後6時間以内は痛みが強く、患者はこの時期に鎮痛薬を求めることが多い。この時間帯(2・6時間)で差がついたことは、患者体験に直結する部分です。
⑤歯科の臨床へ——原著は歯科の反証も引いている
ここがこの論文でいちばん歯科に効くところです。原著は考察の中で、4%アルチカインと2%リドカインのあいだに下顎伝達麻酔の有効性の差は認められなかったという近年の臨床報告に触れ、さらにRosenbergらが「補助的な麻酔として用いたとき、両者のVASスコアに統計的有意差はなかった」と示したことを引いています。もっとも原著の書きぶりはそこで終わりません——「しかし本研究では」と続けて、自分たちの結果(2・6・8・12・24時間で有意に低いVAS)を対置しています。歯科領域には差が出なかった報告があり、鼻中隔手術のこの研究では差が出た——読者としては、その両方を並べて受け取るのが正確です。
さらに原著は、歯科で用いられる4%アルチカイン溶液は知覚異常(パレステジア)との関連がより多く報告されているという疫学研究に触れ、「本研究では2%溶液を用い、知覚異常の合併症は生じなかった」と述べています。濃度が違えば話が変わる——ここは歯科の読者がいちばん気にする論点でしょう。
そのうえで、持ち帰れるものは限られます。同じ2%・同じアドレナリン量に揃えてなお、鼻中隔手術の術後疼痛に差が出たという事実。これは「アルチカインはよく効く気がする」という臨床の実感に、比較対照のある数字が1つ添えられた、という位置づけです。
持ち帰れないものは、数字そのものです。鼻中隔の粘膜軟骨膜下への浸潤と、歯科の浸潤麻酔・伝達麻酔では、組織も血流も神経支配も違います。VAS 3.09という値を歯科の抜歯後や根管治療後に読み替えることはできません。
最大の限界は、歯科の研究ではないことです。加えて、術者は盲検化されていません(患者のみ盲検)。VASという主観的指標を主要評価項目にしている以上、これは無視できないバイアス源です。1群35人と規模も小さく、鎮痛薬使用量の差も有意ではありませんでした。上に書いたとおり、鎮痛薬の割合と実数の内訳も噛み合っていません。それでも、日常的に選んでいる2剤が濃度と血管収縮薬を揃えた条件で比較されたという点に、読む値打ちがあります。臨床判断は、必ず歯科領域の原著と最新のエビデンスでご確認ください。
今日のひとこと
同じ2%濃度・同じアドレナリン量に揃えたうえで、アルチカインはリドカインより術後の痛みが軽く、鎮痛薬を使わずに済んだ人も多かった。ただしこれは鼻中隔の手術での比較であり、歯科では「4%アルチカインと2%リドカインの下顎伝達麻酔に有効性の差はなかった」という報告も原著自身が引いている。薬剤の性質を知る材料として読み、適応と用量は歯科の文献で確かめる——そういう距離感で使う1本である。


