痛みの記憶と和らいだ感|顎の筋肉の慢性痛(顎関節症の筋痛タイプ)の61人を対象にした、口腔内装置の10週間のランダム化比較試験の一部として、治療前の痛みの記憶と「和らいだ」という報告を調べた解析(Feine ほか 1998・Pain)
治療のあとの「楽になりました」は、痛みが減った証拠になるのか。この論文は、顎の筋肉の慢性痛の61人(16〜45歳)に口腔内装置を使った10週間のランダム化比較試験の中で、治療前の痛みの記憶と「和らいだ感」を100 mm のVASで調べました。治療前の痛みの記憶は不正確で、ずれは時間とともに大きくなりました(P < 0.001)。試験中に「悪くなった」と報告した人は1人もおらず、3週目には、実際の痛みが治療前より増えていた19人が「和らいだ」と報告しました(10週目は8人)。和らいだ感の大きさに、実際の痛みの変化は有意に関係しませんでした(P = 0.41)。ただし、1つの試験の61人・10週間のデータを使った解析で、関係は重回帰でみた関連です。
①「楽になりました」は、痛みが減った証拠?
治療のあと、「前と比べて楽になりましたか?」と聞く。慢性の痛みの診療では日常の場面です。「楽になりました」と返ってくれば、治療が効いたと考えます。この聞き方は、患者さんが治療前の痛みを覚えていて、今の痛みと引き算をしていることを前提にしています。
この前提を確かめたのが、1998年の Feine らの報告です。対象は、顎の筋肉の慢性の痛み(顎関節症の筋痛タイプ)の患者さん61人。口腔内装置(スプリント)の効果を調べた10週間のランダム化比較試験の一部として、痛みの記憶と「和らいだ感(relief)」が調べられました。
・治療前の痛みの記憶は不正確で、ずれは時間とともに大きくなった(P < 0.001)
・治療前の痛みが軽かった人は、あとから実際より強かったと思い出した。痛みが強かった人は、やや弱めに思い出す傾向があった(相関 −0.52、P < 0.001)
・試験中に「悪くなった」と報告した人は1人もいなかった。3週目には、実際の痛みが治療前より増えていた19人が「和らいだ」と報告した(10週目は8人)
・和らいだ感の大きさに、実際の痛みの変化は有意に関係しなかった(P = 0.41)
・著者らの結論は、和らいだという報告は治療の効果を必ずしも反映しない、というもの
②今回の一手:スプリントの試験の中で、記憶と「和らいだ感」を測る
土台になったのは、顎の筋肉の痛みに対するスプリントの効果を調べたランダム化比較試験(Dao ほか 1994)です。対象や除外基準の詳細はその論文に書かれており、今回の論文には要点だけが載っています。
・対象:61人(女性51人・男性10人、16〜45歳)。顎関節症の筋痛タイプの慢性痛。スプリント治療を受けたことがある人は除外
・群:3群にランダムに割り付け。全員がアクリルの口腔内装置を受け取った。治療群は上の歯の咬合面を覆う装置を食事以外の24時間、対照群1は口蓋だけを覆う装置を同じく24時間、対照群2は来院のたびに30分だけ装着
・痛みの記録:100 mm のVAS(視覚的アナログ尺度)で、今の痛みの強さと不快さを10週間に7回(0・1・2・3・5・7・10週)
・記憶:1週目以降の毎回、「0週目に感じていた痛み」を思い出してVASに記入
・和らいだ感:装置を渡した2週目のあと、3・5・7・10週の4回、VASで記入
・治療する歯科医師は患者さんの記入を見ない。測定と解析の担当者は群の割り付けを知らない
解析は重回帰と反復測定の分散分析です。この論文で使われたのは痛みの「強さ」の値で、実際の痛みの変化は「治療前の痛み − 今の痛み」として計算されています。
前提として1つ。元の試験では、痛みの強さと不快さは3群とも試験を通じて下がり、治療群と対照群のあいだに有意な差はありませんでした(Dao ほか 1994 の結果として、今回の論文が紹介)。
③結果1:治療前の痛みは、正しく思い出せていなかった
・時間:1週ごとに 2.1 mm(95%CI 1.45〜2.76)
・実際の治療前の痛み:1 mm あたり 0.37 mm(0.27〜0.46)
・思い出す時点の痛み:1 mm あたり 0.34 mm(0.25〜0.43)
・3つとも P < 0.0001(表の記載は 0.0001)。モデルの調整済み決定係数は 0.34。装置の群は有意に関係しなかった
思い出す内容は、実際の治療前の痛みだけで決まっていませんでした。今どれくらい痛いかと、どれくらい時間がたったかにも動かされていました。
もう1つ、治療前の痛みの強さによって、ずれる向きが違いました。患者さんごとに「思い出した痛み − 実際の治療前の痛み」を6回分平均すると、治療前の痛みとの相関は −0.52(P < 0.001、61人)。治療前の痛みが軽かった人は実際よりかなり強かったと思い出し、強かった人はやや弱めに思い出す傾向でした。著者らは、治療前の痛みは全員 80 mm 以下だったので、天井効果では説明できないと述べています。
④結果2:痛みが増えていた人も「和らいだ」と答えた
・3週目(装置を入れて1週後):実際に痛みが減っていた人 29人、変わらなかった人 3人、痛みが増えていた人 19人
・10週目:減っていた人 46人、変わらなかった人 2人、増えていた人 8人。10週目に「和らがなかった」と報告した人は0人
・試験中に「悪くなった」と報告した人はいなかった。「変わらない」と報告した人は少数だった(本文)
では、和らいだ感の大きさは何で決まっていたのか。原著の表3の重回帰の結果を図にしました。
・実際の痛みの変化:係数 0.07(95%CI −0.1〜0.24)、P = 0.41 で有意でない
・今の痛み:−0.52(−0.74〜−0.29)。今の痛みが 10 mm 強いと、和らいだ感は約 5 mm 小さい
・思い出した治療前の痛み:0.39(0.22〜0.57)。10 mm 大きいと、和らいだ感は約 4 mm 大きい
・時間:1週ごとに 2.37 mm(1.05〜3.69)
・装置の群:来院時30分だけの対照群2と比べ、治療群は 11.78(P = 0.004)、対照群1は 14.52(P = 0.0001)大きい。治療群と対照群1の差は有意でない(P = 0.49)
和らいだ感も、実際の痛みの変化(治療前 − 今)も、時間とともに大きくなりました(P < 0.001)。ただし、和らいだ感は実際の変化より有意に大きいままでした(P < 0.001、原著の図3)。
⑤なぜずれるのか:著者らの見方
ここからは著者らの考察で、この研究が仕組みを確かめたわけではありません。
・治療前の痛みの不正確な記憶が、痛みが減っていないのに「和らいだ」と報告する傾向の一因になっていそうだ
・治療前の痛みが軽い人は、治療前の状態を記憶の中で大きくするため、治療の効果を過大に見積もりやすい
・慢性の痛みは 100 mm のVASで 50 mm 以下の軽度〜中等度が多い。そうした患者さんの多くは、痛みの減り方が小さくても、高い「和らいだ感」を報告する可能性が高い
・装置の群による差は、期待(来院時だけの群は偽の治療だと感じたかもしれない)や、装置をつけていた時間の長さで説明できるかもしれない
「担当医を喜ばせたくて良く答えた」という説明について、著者らは、患者さんは担当医が記入を見ないと知っていたので、この試験には当てはまらないと考えています。
⑥明日の臨床へ
・和らいだという報告は、治療の効果を必ずしも反映しない。慢性の痛みの実際の変化を表す指標としては弱い。その一因は痛みの記憶のゆがみにある
・慢性の筋骨格系の痛みの診断と治療は、過去の痛みや和らいだ感の口頭での報告より、診察の時点で測った痛みか痛みの日記にもとづくほうがよい
・顎の痛みの患者さんには、「前より楽ですか?」と聞く前に、その日の痛みをVASなどで記録する。前回の記録と数字で比べる。紙1枚でできて、費用も時間もほとんどかかりません
・「楽になった」という言葉は患者さんの大事な実感です。否定する話ではなく、治療が効いたかどうかの判定には別の物差しを添える、という位置づけです
・スプリントや理学療法の効果を自分の臨床で振り返るときも、「楽になったと言われた」だけを根拠にしない
細かい点を3つ。1つ目、原著の表2は、3週目の人数を足すと対象の61人を超えます(「和らいだ」の列だけで51人、「和らがなかった」の列を足すと74人)。この記事は本文と一致する「和らいだ」の列だけを使い、割合は計算していません。痛みが「減った・変わらない・増えた」をどの幅で判定したかは、原著に書かれていません。10週目の8人は表だけにある数字で、本文には出てきません。10週目の合計は56人で、欠けた人の理由は原著に書かれていません。2つ目、思い出した治療前の痛みと和らいだ感の関係について、考察には「大きく思い出すと和らいだ感は下がる」と読める一文がありますが、結果の本文と表3は「大きくなる」(係数 0.39)で、この記事は結果と表の記載を採りました。3つ目、時間ごとの和らいだ感の平均値は図3にしかなく、数値の記載がないため、この記事では数字にしていません。
資金:カナダ医学研究評議会とケベック州の保健研究基金。製品名は原著に出てきません。
それでも、「楽になりました」という言葉と、測った痛みの変化が別のものでありうることを、顎の痛みの患者さんのデータで示した、日々の問診を見直すきっかけになる1本です。
今日のひとこと
この論文が示したのは、顎の筋肉の慢性痛の61人・10週間の試験で、「和らいだ」という報告の大きさに、実際の痛みの変化が有意に関係しなかったということです(P = 0.41)。3週目には、痛みが増えていた19人が「和らいだ」と報告していました。「楽になりましたか?」と聞く前に、その日の痛みをVASなどで記録し、前回の数字と比べるというのが筆者の読みです。1つの試験のデータを使った解析で、関係は関連にとどまり、ほかの痛みや長い期間に当てはまるかはわかりません。


