エンド|歯髄診断・温度診/電気診・外傷・古典
数年前にぶつけた前歯。電気診も冷温診も無反応で、X線に透過像はない。抜髄しますか——? 1973年、まさにそういう歯を25本集めて、麻酔をせずに開けて確かめた報告があります。結果は25本すべてが生活歯。歯髄検査が測っていたのは「神経の感覚」であって、「歯髄の生死」ではありませんでした。
①「外傷歯、電気診も冷温診も無反応」——ここで抜髄していいのか
数年前にぶつけた上顎中切歯。痛みはない。打診も咬合痛もない。電気診をあてても、冷たいものをあてても、何も返ってこない。X線を撮ると、根尖には透過像がない。
「反応がないので失活しています。抜髄しましょう」——そう説明したくなる場面です。でも、その1本は本当に死んでいるのでしょうか。
答え合わせをするには、開けて中を見るしかありません。それを25本でやってのけたのが、1973年のJADAに載ったこの短い報告です。
②「反応なし=失活」の等式は、どこから来たのか
歯髄の状態を確かめる道具として、僕らは電気歯髄診(EPT)と温度診を使います。英語では vitality test(歯髄生活反応試験)。「生きているかどうかを測る検査」だと、名前が言ってしまっているのです。
だから「反応なし=失活」という等式が自然に成立します。ところが著者らは冒頭で、開業医のあいだでは「電気歯髄診断器やいわゆる vitality test が、歯髄の本当の状態を必ずしも反映しない」ことが日常的に観察されている、と書きます。この報告の目的は、そうした25例を記述し、いわゆる vitality test の臨床的意義と限界を論じることでした。
③今回の一手:無反応の外傷歯を25本、麻酔なしで開けた
対象は、外傷の既往があり、通常の vitality test に反応しなかった前歯25本。上顎中切歯12本・上顎側切歯2本・上顎犬歯6本・下顎中切歯3本・下顎側切歯2本という内訳です。患者は男性5名・女性20名、年齢は11〜52歳。受傷から6か月〜10年が経った歯でした。
手順はこうです。X線撮影のあと、市販の電気歯髄診断器・加熱したガタパーチャ(10秒間)・氷の棒(10秒間)で歯髄を診査。ラバーダムで隔離して消毒し、麻酔をせずに、舌側から歯髄を露出させない範囲で窩洞を形成します。そこへ滅菌した#10リーマーをゆっくり挿入して動かし、患者が不快感を訴えるか、出血が現れた最初の時点で器具を抜く——痛みか出血は、あくまで器具を止める合図です(生活性そのものの判定は、後述する3点で行われます)。
論文にはもう一つパートがあります。サルの顎と口腔粘膜の肉眼解剖標本15例で、Microfil(微小血管を可視化する注入剤)を入れた血管と、神経の形態を見比べた観察です。こちらが後半の伏線になります。
④結果:25本すべてが生きていた
25本すべてが、熱・冷・電気歯髄診断器のいずれにも反応しませんでした。打診にも咬合圧(噛みしめ)にも反応なし。X線にも根尖病変はありません。臨床所見だけを並べれば、失活歯そのものです。
それでも、髄室に到達した時点で25本すべてに出血がありました。さらに25本のうち12本には、受傷前のX線と比べて根管の狭窄が観察されています。狭窄は一般に象牙質の形成が続いた結果と解釈されますが、原著が述べているのは「狭窄が見られた」という所見までで、そこから先は解説側の補いです。
著者らはこの3点(穿通時の出血・根管の狭窄・根尖病変の不在)をもって、25本すべての歯髄が生活していたと判断しました。なお、これらの歯には結果として全例で根管治療が行われています(後述)。
⑤なぜ神経だけが黙るのか——うねる血管と、まっすぐな神経
歯髄は、神経と血管を含む結合組織です。両者は根尖孔を通り、髄腔の大部分を一緒に走ります。ここで著者らは、役割をきっぱり分けます。検査への反応(感覚)を決めるのは神経の機能。歯髄の生命を支えているのは血流だ、と。
血管が断たれれば梗塞が起き、神経を含む歯髄組織のすべてが死にます。しかし逆は成り立ちません——神経の連続性や機能が壊れても、歯髄組織の生存には影響しない。熱・冷・電流が試しているのは歯髄の感受性だけなので、歯髄の生活性を示すものではまったくない、というのが著者らの論理です。
では、なぜ神経だけが選択的にやられるのか。ここでサルの標本が効いてきます。Microfilを注入した標本では、小動脈から毛細血管までの血管が、組織の中をほぼすべて蛇行しながら走っていました(Fig 1・2)。一方で神経束には、その蛇行がありません(Fig 3)。
著者らはここから、根尖の動脈のしなやかさは少なくとも部分的にこの「巻き・蛇行」に由来すると考えます。加えて、歯髄への血液供給が複数の経路を持つことも、生き延びる力に寄与している、と。この「複数の供給源」はBhaskarらの先行報告(Cutright & Bhaskar 1969)に基づくもので、本論文のFig 2の凡例でも、サルの標本について同じことに触れられています。歯の形が一様でない以上、外傷は根尖の血管を傷つけないまま、神経だけを断裂させたり機能を狂わせたりしうる——これが25本の説明です。
⑥明日の臨床へ——「透過像・瘻孔・膿瘍がない」なら、時間を味方にする
著者らが臨床上の意義として挙げたのは、次の3点です。
第一に、外傷では、正常な生活歯髄を持つ歯であっても、すべての感覚を失うことがありうる。「反応なし」は、そこまでしか意味しません。
第二に、根尖の透過像・排膿する瘻孔・明らかな歯槽膿瘍が無ければ、検査に反応しなくても外傷歯は生活歯とみなす。そして失活を示す徴候(根尖病変や瘻孔)が観察されない限り、処置しない——著者らは「外傷歯では歯内療法を遅らせるべきだ」という言い方をしています。
第三に、感覚(検査への陽性反応)は、受傷から数か月後に戻ることがある。だから待つことに意味があります。透過像や瘻孔が出てきたら、その時点で根管治療を始めればよい、というのが著者らの推奨です。
ひとつ補足を。再評価をどの間隔で行うかは、この論文には書かれていません。示されているのは「何を見て判断するか」(透過像・瘻孔・膿瘍の有無)であって、「いつ見るか」ではない。リコール間隔は、現代の外傷診療のプロトコルに委ねる部分です。
そして最後に、著者らはこう言い切ります。vitality test は実際には sensitivity test(感受性の検査)であり、歯髄組織の生活性とは関係がない。名前に引きずられないこと。これがこの3ページの、いちばん強いメッセージです。
1973年の、対照群を置かない25本の症例集積です。しかも「反応しなかった歯」を集めた報告なので、外傷歯のうちどれくらいの割合で偽陰性が起こるのかは、この25本からは分かりません。受傷から6か月〜10年が経った歯であり、受傷直後の判断にそのまま当てはめられるわけでもない。血管の蛇行と神経の直線性はサルの肉眼解剖での観察で、「だから外傷で神経だけがやられる」は著者らの解釈です。さらに皮肉なことに、「処置を遅らせよ」と勧めたこの論文で、25本すべてに根管治療が行われています(生活性を確かめるために開けてしまった以上、やむを得なかったのでしょう)。それでも「vitality test は、実は sensitivity test だった」という骨格は今も生きていて、血流そのものを見る検査が求められてきた出発点が、ここにあります。
今日のひとこと
外傷歯が電気診・温度診に反応しなくても、それは神経が黙っているだけかもしれない。根尖透過像・瘻孔・膿瘍という「失活の証拠」が出るまでは、生活歯として扱って経過を追う。感覚は、受傷から数か月後に戻ってくることがある。
本記事は論文の要点を医療従事者向けにまとめた解説です。臨床判断は原著と最新のエビデンスをご確認ください。


