エンド|電気歯髄診(EPT)・電極の位置・反応閾値・切縁の摩耗・偽陽性
歯頸部? 唇側の真ん中? それとも切縁? 電気歯髄診(EPT)のチップをどこに当てるかは、教科書によって書いてあることが違います。1989年、53名の前歯12本を唇側の4か所ずつ、計2,387回測って順番をつけた研究があります。答えは「切縁」。ただし、そのまま鵜呑みにできない但し書きも一緒に付いてきました。
①「電極、どこに当ててますか」
外傷を負った上顎中切歯。あるいは、変色が気になる側切歯。EPTのチップを手に取って、さて——歯頸部か、唇側の真ん中か、切縁か。
習った場所は、たぶん人によって違います。教科書によっても違う。1989年当時、この論文の著者らはこう書いています。電極の最適な位置についてコンセンサスは無く、部位ごとの閾値を比べたデータが乏しいと。
②推奨は割れていた——4部位を並べて比べたデータが乏しかったから
この論文が引いている先行研究を並べると、推奨がきれいに割れています。切縁を推す立場(Cartledge 1958、Fulling & Andreasen 1976 ほか)、切縁側1/3を推す立場、唇側中央1/3を推す立場、歯頸部1/3を推す立場。どれも根拠として並列に置かれていました。
生体の報告がまったく無かったわけではありません。Fulling & Andreasenは20名で1人2歯ずつ調べ、切縁で閾値が最も低かったと報告しています。ただし4部位を系統的に並べて比べたデータは乏しく、それに近いのはJacobsonの研究——抜去歯31本をオシロスコープで測ったin vitroで、結論は「唇側中央1/3が最適」——くらいでした。著者らはここに疑問を投げます。抜いた歯のモデルでは、歯髄のどこに神経が多いかが勘定に入らない。生きた歯で、同じ歯の4か所を比べる必要がある、と。
③53名の前歯12本を、1本につき4か所
- 対象:11〜81歳の53名(Albert Einstein Medical Center 歯科の患者とスタッフ)。切縁の摩耗(エナメル質が失われ象牙質が露出した状態)の有無も記録し、解析の変数に入れた
- 手順:前歯を綿ロールで隔離しガーゼで乾燥(エアブローは使わない——知覚過敏の歯で痛みを誘発しうるため)。被験者には「異常な感覚を最初に感じた瞬間に手を挙げる」よう指示
- 測定部位:唇側面の歯頸部1/3・中央1/3・切縁側1/3、そして切縁の4か所。合計2,387回の記録
- 機器:Analytic Technology製デジタル電気歯髄診。目盛は0〜80で、最高目盛80の出力が330V、最初の目盛が15V。電圧は目盛に対して指数的に上がる。導電材はデンティフリスまたはフッ化物ジェル
- 順応(accommodation)対策:連続刺激では必要な電流がどんどん上がってしまうため、決まった順序で歯を回り、1本ごとに数分の回復時間を置いた
- 対照:前歯の根管治療済み30歯。歯周組織の神経を拾って偽陽性が出ないかを確かめるため
ここで押さえておきたいのは、数字の単位が「その機械の目盛」だということです。μAでもVでもありません。以下の値はすべて0〜80の目盛で、小さいほど弱い刺激で反応したことを意味します。
④切縁から歯頸部へ、きれいに上がっていく
- 切縁 21.81/切縁側1/3 28.51/唇側中央1/3 31.44/歯頸部1/3 35.91
- Tukey法の多重比較で、4部位はどの組み合わせでも有意に違った(信頼水準99%、P<.0001)
- 個人差も大きい。患者ごとの平均は13.93〜53.70と開きがあり、53名のあいだの差も有意(P<.0001)。全体の平均は29.23
Jacobsonの「唇側中央1/3」とは逆の結果です。電極を切縁から歯頸部へ下ろすほど、反応を得るのに必要な刺激は増えていく。
⑤摩耗した切縁は、はるかに低い目盛で反応する
摩耗して象牙質が露出した切縁は215面あり、その平均は10.89。それ以外の2,172面の平均31.04と比べて、はっきり低い(P<.0001)。エナメル質が消えて象牙質が露出すると、電流はずっと通りやすくなります。
上下・歯種でも差が出ました。
- 上顎 31.70 vs 下顎 26.92(P<.0001)。下顎前歯のほうが弱い刺激で反応する
- 上顎:犬歯 36.10(397面)/側切歯 31.59(390面)/中切歯 27.06(367面)
- 下顎:犬歯 31.82(407面)/側切歯 26.08(410面)/中切歯 22.96(416面)
- 上下とも中切歯がいちばん低く、犬歯がいちばん高い
犬歯が高いのは歯髄腔が大きいからだ、と著者らは説明します(歯髄が大きいほど大きな電流が要る、という先行研究の枠組み)。もっとも上顎側切歯(31.59)が上顎中切歯(27.06)より高かったことは「説明が難しい」と著者自身が書いています。都合の悪い結果をそのまま載せているのは、読み手としてはむしろ安心できるところです。
⑥なぜ切縁なのか——神経の密度・水・象牙細管の向き
著者らは3つの理屈を重ねます。いずれも本研究が新たに測ったものではありません。前の2つは論文が引いている先行研究の枠組みで、3つ目は著者ら自身の推測です。
- 神経終末の密度:Liljaは神経要素の濃度が歯髄角(pulp horn)の領域で最も高く、歯頸部・根部へ向かうほど減ると報告した(Byersらも同様)。密度が高い場所は、より低い刺激で「加重(summation)」が起きて反応が出る
- エナメル質の水:Trowbridgeによればエナメル質の水分はおよそ1%、象牙質の自由水は22%。水が少ないエナメル質は電気を通しにくい。原著はこの理屈を歯種の差の説明に使っています——エナメル質が相対的に薄い下顎前歯のほうが、上顎前歯より速く反応した
- 象牙細管の走向(ここは引用が付いておらず、著者らの推測として書かれています):切縁から歯髄角へは細管がほぼ直線に走るのに対し、他の部位ではS字にカーブする。電流を運ぶのは主に細管内の液体なので、電極から歯髄までの距離が短いほど抵抗が小さい
つまり切縁が有利になる理由として原著が挙げているのは、神経の密度が高い歯髄角に近いこと(先行研究の枠組み)と、細管がほぼ直線で電極から歯髄までの距離が短いこと(著者らの推測)の2つです。
⑦切縁は、歯周組織の神経を拾いにくい
もうひとつの見どころが、根管治療済み30歯の対照実験です。綿ロールとガーゼで乾燥させて測り、そのあと生理食塩水で湿らせて測り直しています。
- 乾燥下:電極をどこに置いても、30歯すべてで反応は出なかった
- 湿潤下で切縁:やはり反応なし
- 湿潤下で歯頸部1/3(歯肉から約2mm):30歯中9歯で陽性。ただし目盛が60〜80まで上がって、ようやく反応した
原著はこの結果を、先行研究(Cooleyら 1984)と並べて論じています——そちらも根管治療済み30歯で、偽陽性は2歯だけ。しかもそれは歯が濡れていて電極が歯肉の近くにあったときで、ラバーダムで隔離して乾燥下で測り直すと反応は消えた。ラバーダムを使ったのは本研究ではなくこちらの先行研究ですが、「濡れた歯頸部でだけ偽陽性が出る」という向きは揃っています。
⑧明日の臨床へ
- 前歯はまず切縁に当てる。同じ4部位を同じ歯で比べて、平均は切縁 21.81 に対して歯頸部1/3 は 35.91。置く場所を変えるだけで、必要な刺激がこれだけ動きます
- 切縁が摩耗して象牙質が露出しているときは、切縁側1/3へ逃がす。摩耗した切縁は10.89まで下がっており、そのまま当てると不快な痛みが出やすいので、著者らは明確に「切縁側1/3を使うように」と結論に書いています
- 歯肉際で・濡れたまま当てない。偽陽性が出たのは「湿潤下の歯頸部」だけでした。隔離と乾燥は、精度の話であると同時に偽陽性を減らす話でもあります
- 絶対値ではなく、対側同名歯・隣在歯との比較で読む。上顎は下顎より高く、犬歯は中切歯より高く、患者ごとの平均も13.93〜53.70とばらつきます。「目盛いくつ以上で失活」という線引きは、この論文からは引けません
- 「2〜3回の平均を採る」という推奨は、自明ではない。著者らは、この慣行がMumfordの観察(2回以上の平均は、初回の記録値より正確な痛覚閾値を反映しなかった)と食い違うと指摘しています
- 手袋で反応が出ないときは、テスターを当てたあとで患者にプローブの柄の端を触ってもらう。1989年の論文の最後の一文が、いまだに現場で役に立ちます
今日のひとこと
前歯のEPTは、電極を切縁に当てたときが最も低い目盛21.81で反応した。そこから切縁側1/3 は 28.51、唇側中央1/3 は 31.44、歯頸部1/3 は 35.91と、歯頸部へ下ろすほど必要な刺激は上がる(4部位が互いに有意差・P<.0001)。ただし切縁が摩耗して象牙質が露出しているときは痛みが出やすいので、切縁側1/3へ逃がす——これが著者の結論。


